2019年3月11日月曜日

愛媛単独放浪記、思索

待ち望んだ晴天のはずだった。

僕は受験勉強を一年以上やり続けたが、そのモチベーションは常に、終わったら旅に出る、に尽きていた。そして受験が終わる。合格発表までに旅に出ておきたい、発表の後、また一年旅に出れないかもしれないから。そう考えていた。
確かに天気は雨と曇が続いていて、写真には向かない。じゃあ、夜に撮影散歩でもすれば良いのではないか。というか、旅と写真は別なんだから、天気は関係ないじゃん。そもそも、曇りでも雨でも良い写真は撮れるだろ。
そういう"物語"……自分を責めるような正論、理想論……ばかり浮かんできたが、結局僕は怠惰に映画を貪る日々を過ごした。再現答案も小論文もほとんど書かずに。
だが、3月8日は遂に晴れてしまう。彼女はどこかに行き、会えない。
僕は独り、旅に出るしかなかった。


朝、わざわざ紙の切符を買って、いつもと逆の列車に乗る。通学の高校生に囲まれ、居心地が悪い。本を読みながら、車窓を見た。朝の日に燃える山。燃えると萌えるが同じ発音なのは必然なのだろうか。そう思ううちに臼杵駅に着いた。
港にはいつも車で送られていたので場所がイマイチ掴めなかったが、駅から歩いて15分ほどで着いた。ターミナルで宇和島運輸の券を買う。オレンジフェリーの方が安かった。ふと外を見やると、いつもと違う稜線が見えた。そうか、これが旅なのか。

フェリーの二等室はやはり雑魚寝スタイルだった。ひとしきり船内を見て回った後、暫く寝た。やがて船は動き出した。
浅い眠りを経て、10時頃起きた。到着は11時過ぎなので、まだ時間は沢山ある。船の売店でコスパの悪い弁当を買って、近くの窓際の席に座った。

僕は光り輝く海を見た。太陽光が乱反射して、僕に届く。それはとても美しい風景であると同時に、僕はこの先の人生で、幾度と無く同じかそれ以上の美と出逢えるということを僕に知らしめさせた。旅がしたい、いや、しなければ……。
心を震わせながら冷たい弁当を食べた。


軽快な音楽が鳴り、やがて接岸した。青い国・四国に降り立つと、僕はすぐに別の船に乗る。

離島に行きたかった。多分、自分があまり経験しない環境に身を置きたい、という想いがあったのだと思う。どの島に行くか。姫島、保戸島は行ったことがある。じゃあ、県南の深島とか屋形島とか。でも、バスの都合で日帰り出来ない。合格発表もまだなのに、泊まりはちょっと金がかかりすぎる。じゃあどこか……Googleマップを手繰り、八幡浜大島なる島を発見した。
そういう訳で、僕はすぐに大島行き定期船に乗り込んだ。

船内は地元の老人でいっぱいだった。僕はもっと閑散とした感じを想定していたが、まぁ考えてみれば当然である。少し肩身が狭い。20分ほど隅っこでひっそり過ごし、大島に上陸した。


大勢と、僅かな大学生らしき観光客は右に進んで行った。ならば僕は左に行こう。僕はなぜだかそう思った。海沿いのコンクリートの道を進む。

八幡浜大島には2つほど無人島がくっついている。僕はてっきりそこには行けないと思っていたが、橋で繋がっていた。橋のひとつはコンクリートの地面だけで手すりがない、沈下橋ってやつだった。
海沿いは良い。夏に来たらもっと良いかもしれない。信号機はおろか道路標識も無い島だ。長閑な風景は確かに心に染みる。

でも、それだけなんだ。魂を揺さぶるような写真は撮れない。何度ファインダーを覗いても心打たれない。投げやりに道を歩いた。僕は何をしてんだ。
無人のその島から帰る途中、向こうで原付のおばちゃんが海に入って何かを取っていた。いやぁ、話しかけるべきだった、と今思う。何かあったかもしれない。僕は会釈だけで通り過ぎた。

僕は旅が好きなのか?じゃあなんで僕は今、この何も無い島で退屈なんだ?僕が退屈なのか?……高二の夏、秘境駅で思ったことが蘇る。でも、その悩みは北海道で吹っ切れたはずだ。北海道にあって、ここに無いものはなんだ?

きっと、旅情なんだろうな。僕は大学で世界一周したりするつもりだが、そうする上で、なぜ自分が旅が好きなのかを考えたことがある。結論は、僕は旅でなく旅情が好きなんだ、というものだった。島には、思ったほどの旅情がなかった。それだけだった。帰りの定期船に早めに乗り込み、寝た。

八幡浜の街を歩く。3年かそれ以上ぶりだ。しかし、鄙びた商店街も街並みもあまり変わってはいなかった。駅でJR四国のトクトクきっぷの案内を見ながら時間を潰し、15時発の八幡浜駅発、三崎行きのバスに乗った。

大分の東部、佐賀関の近くに住む僕にとって、佐田岬半島とは地理的にとても近い土地だった。Googleマップを開くと初期画面に入るほどの。それでも、僕は行ったことが無かった。通ったことはあるのかもしれない。でも、行ったことは無かった。

佐田岬半島先端の町・三崎行きのバスも同様に利用者は意外に居た。バスは大分に船で繋がる国道197号を西へ走る。凄まじい悪路だった。197はいくな、とは本当で、久大線を彷彿とさせる車両の揺れだった。伊方原発が近づくと原発反対のキャンペーンポスターが並び、左手には青い午後の海が見えた。バスは時折後続車に道を譲りながら進み、定刻8分遅れで終点三崎に到着した。

駆け込みで16:30発の国道九四フェリーに乗り込んだ。意外にも、利用者は沢山いた。シャトル運航は伊達じゃない。1時間ほどの優雅な航海、左手に佐賀関の煙突が見えた情景が印象的だった。

九州に上陸、バス停で少し待つと大分方面の大分バスが来た。旅行客と共に乗り込む。

僕は、どうして旅に出たのだろう。色々なことを考えた。事実として、色々な意外なことがあった。これは確実に実地的体験に基づく学びである。でも、是非はさておき、別にそんなことしたいわけでもない。じゃあなぜ?

西へ向うバスは、海沿いを走る。時刻は18時前、西の空は暖かい。左へカーブを曲がると、夕陽が車内に射し込んだ。


夕陽を見るため、とか言いたいわけじゃない。ただ夕陽を見ていると、また旅をしたい、と無性に思った。多分、夕陽を見てなくても、空が曇っても僕はそう思っただろう。思えば昔からそうだった。やってる最中は何が楽しいのか分からない。でも、やり終えたらまたやりたくなる。中毒みたいなものなのか。

旅は強いて言えば旅情を楽しむもので、楽しくない旅があっても、それはたまたまそれが僕に向いていなかった、と考えれば良く、旅全体が楽しくないと一般化する必要は無いのだろう。このセンテンスが、僕の現時点での旅論だ。そしてきっと、旅の中でこれは更新されていくだろう。その更新こそ旅なのかもしれない。
バスを降りると群青色の空が出迎えた。

0 件のコメント:

コメントを投稿