2018年11月10日土曜日

眠れない夜に、昔の話でも。

2017年、年末。僕は北海道のさらに北の方にいた。
街をカラスが飛び立つと、雪がドサッと落ちる。


名寄駅で列車に乗り込む。これから暫くコンビニの無い場所にいることになるので、大量に食料を買い込んだ。特急サロベツが遅れる影響で稚内行き普通列車も19分遅れるという。僕としては動いて貰えるだけ有難い。

やっと列車が動き出した。宗谷北線を久々に走る普通列車はすぐに北星駅に到着する。
北星駅、なんと良い名前だろうか。北の大地北海道に燦然と輝く無数の星……それをイメージして、あわよくば星空を眺めてやろうとわざわざ夕方から夜にかけての時間を選んで来たのだが、生憎の曇り空……どころではなく、激しく雪が降っていた。列車は天塩川に沿って去っていく。北星駅の周囲は雪に閉ざされた集落が僅かにあるのみで、聞こえてくるのは雪が身体に当たる音と天塩川の流れだけだった。
僕はここで4時間過ごすと決めていた。そう、昨日のまさに雪辱、ラッセル車をみすみす逃してしまった雪辱を果たす為だ。『毛織の☆北紡』という強烈な看板がある待合室に荷物を置いて、周辺を散策した。
特急サロベツは遅れていた。駅近くで身を雪に晒して長い間待ち、漸く駅近くの踏切が鳴った。カーブから光が見える。来た!シャッターを切る。そして悟る、やばい!五両編成分の雪が宙を舞い、僕を襲う。警笛が聞こえた時にはもうどうしようも無く、ただ顔を背けることしか出来なかった。
暫く呼吸ができず、やっと息を吹き返した?頃には全身雪だらけで、ポケットの中にさえ雪が混じっていた。酷い目にあったと嘆きながら待合に戻った。
16時51分発の音威子府行き普通列車をどう撮るかを、暗い待合で考えていた。外はもう真っ暗で、周囲に明かりはほとんど無い。サブのiPhoneのライトを付けて窓に置き、明るさを確保していた。
待合の中から窓越しに列車を撮ろうと考えて三脚をセットしていると、明かりが消えた。どうやらiPhoneの電池が切れたらしい。仕方なく、メインのiPhoneのライトを点けた。外はもう完全な闇、明かりが無くてはどうしようもない。
ふと、不安に駆られた。集落のように、僕もここで雪に閉ざされてしまうのではないか。雪は無音で、しかし激しく周りに積もっている。寂しく、孤独で、怖かった。メインのiPhoneを取り出して、友達にLINEを送ろうとした刹那、メインのiPhoneが電池切れで切れた。
僕はモバイルバッテリーを持っている。焦らない、焦らない。そう呟き、充電する。相当焦っていた。しかし、一向に再起動しない。かれこれ15分経っても、だ。いよいよ本格的に不安になってくる。親に連絡していないし、旅館にも遅れるという連絡をしていなかった。雪は無言で僕をこの待合に閉じ込めようとしていた。16時51分を見送ったら次は19時45分。到底、あと3時間も待っていられないだろう。
僕はラッセルの為にここにいた。いなくてはならなかった。悔恨の念に駆られる。だが、ここを早く出なくては……。荷物を整え、駅ノートを開く。外からの僅かな光を頼りに、汚い字でこう書き付けた。『必ず帰って来る』
まるでダグラス・マッカーサーのフィリピン脱出のようなセリフを吐きながら、かくして僕は北星駅から逃げ出すことに決めた。

待合から出て、ホームで雪を浴びながら脱出列車を待っていた。ダイヤは大幅に乱れていて、16時51分の普通列車も相当遅れてくるだろうと思われた。ところが、不意に踏切が鳴った。昨日の17時10分のあの踏切の音がフラッシュバックする。まさか、ラッセル、お前なのか?遠くの光に問いかけた。ラッセル車が14時頃旭川を出たとすれば、今この辺りを通るのに丁度良い頃合だ。段々光が近付いてきた。良く見えない。僕は、震えながら連続シャッターを切り始めた。段々、光が近付いてくる。

嘆息すると同時に、清々しい気持ちにもなった。ラッセルよ、いつか必ず会おうじゃないか。そう思いながら、僕はやってきたディーゼル単行に乗り込んだ。列車の中で、北星駅で食べようと思っていたコンビニ弁当を食べた。冷えきっていたが、もはや気にならなかった。


天塩川温泉駅に着いた。列車は遅れを取り戻そうと急いでいて、僕が降りるとすぐにドアーが閉まった。暗闇の中を、踏切が照らす。雪は天高く降っていて、踏切のオレンジ色の明かりに、華やかに光っていた。
そういえば、この後旭川方面の列車があったような……僕は旅館に少し遅れる旨を伝える電話をし、カメラを構えた。





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