犯人は二世帯住宅を知っていたか(世田谷一家事件考)

当ブログでは現在、世田谷一家殺害事件についての考察記事シリーズを鋭意準備中です。

が、準備に時間をかけていては、例の如く風呂敷を広げるだけで飽きかねないので、思いついたことは先に書いていこうと思います。

事件の概要についてはWikipediaを参照ください。



世田谷一家殺害事件が未解決事件となっている要因として、イレギュラーが多いということが挙げられます。

犯行の内容が異常なのは言うまでもありませんが、被害者一家についても、一般的な家庭とはイレギュラーな要素が散見されます。


これは悪い意味で言っているのではありません。

例えば

・立ち退きが進む住宅地で偶然最後の方に残っていたという地理的条件

・亡くなった母親が専業主婦やパートなどではなく、家で塾経営していたこと

・イギリス在住の姉夫婦が年末年始で帰ってきていたこと

などが挙げられます。

(警視庁HPより)

「一般的な家庭」とは幻であり、どこの家庭も多かれ少なかれ一般的ではない部分があるとは思いますが、こと被害者一家に関しては、一般的ではない部分が多いと感じています。


そのイレギュラーな条件として筆者が気になったのは、家が二世帯住宅であったこと。それもただ二つの家族が住んでいるのではなく、1つの建物を2区画に完全に分離した住宅であったことです。




国交省のデータによれば、二世代同居世帯の一般世帯総数に占める割合は1970年代からほぼ一定に2%で推移しています。

また、二世帯住居の中でも、2区画に完全分離するスタイル、これを完全分離型と言うそうですが、これは25%程度に過ぎません。

完全分離すると、トイレなど住宅設備が単純に倍必要になり建設費が嵩む、とのこと。

以上を単純に掛け算すると、ある建物が完全分離型二世帯住宅である確率は0.5%です。

これは、2000年当時でもあまり変わらない数値かなと思いますから、イレギュラーと言って良いと思います。


では、被害者住宅が完全分離型二世帯住宅であることの何が問題なのか。いや、問題とは言ってませんけど、何が引っ掛かるのか。

これを今から解説します。


次の写真は、件の住宅です。

完全分離型二世帯住宅ですから、あったりまえですけど、玄関が二つあります。

右の縦に細長い方が被害者宅側です。

では、仮定します。犯人が、事前に玄関を確認するなどして、この家が二世帯住宅である(この建物には家族4人以外に暮らしている人がいる)ことを知っていたとします。


犯人が包丁を持って家に来て、凶行に及びます。

男の子は絞殺とされているので分かりませんが、他の3人は、それはそれは大声で必死の抵抗をしたに決まっています。

他の家族に危難を伝える必要がありますし、壁を一枚隔てた向こう側にはおばあちゃんと姉一家が寝ていますから。

また、特に喉を中心に刺し傷があり声を出せなかったとも伝わっていません。


僕が犯人ならどうするかと言うと、真っ先に逃げ出します。

だって、隣の家のおばあちゃんが警察に通報すると思うからです。

実際には、防音構造のため、隣家の家族は悲鳴に気付くことは叶いませんでした。

しかし、大事なのは、犯人がどう考えるかです。防音構造なんて犯人は分かりません。

4人殺してます。死刑当確です。それはもう、逃げる逃げる。

しかし、実際には犯人は逃げ出さず、アイスを食べて大便をして、パソコンをいじって書類を物色しています。

(一回逃げて戻ってきたパターンはいずれ検討します。「飛び出しマン」を考えなければならないからです。)


なぜ犯人は逃げなかったのか?それは、仮定が誤っていたからです。

つまり、筆者は、犯人が二世帯住宅だと気付かなかったのではないかと思うわけです。

犯人は家の裏、風呂の窓から侵入した説が濃厚です。

昼間なら、裏からでも建物が分離されていることはなんとなく分かります。

が、侵入したのは23時頃です。分からなくても、ギリ、不思議ではないかなと。

裏なので、玄関の個数も分かりません。

分からなかったということは、つまり、なんかデカい家の風呂の窓が開いていたから入っちゃえ、ということではないかと思います。

そして、犯行に及びます。母親・父親・子供二人。平均的な家庭像です。普通、これで全員だと思います。

家中を歩き回りますが、二世帯住宅には気付きません。完全分離型だからです。


そして、のんびり物色して、最後まで気付かずに脱出した、というのが筆者の筋書きです。

どう思いますか?


正直、穴は多いと思います。例えば


・流しの犯行と仮定すると、たまたま窓を開けていた家に前情報なく押し入ったことになり、偶然性が高い。

・相当細長い家なので、流石に二世帯住宅に気付くだろう。

・裏から見ても、夜でも二世帯住宅に気付くだろう。

・二世帯住宅に気付かなかったとしても、向かいに別の家があるのだから、犯人が通報を恐れてもおかしくない。

・そもそも、向かいの家の住人が気付かなかったという事実があるのだから、奇跡的か必然か、悲鳴をほとんどあげることなく亡くなったのではないか。


などが考えられるでしょうか。



でも、やっぱり、普通は逃げると思うんですよ。知ってたら。

叫び声を上げられ、自分が深い傷を負うほど抵抗された犯人が、壁の向こうのおばあちゃんは犯行に気付かないと確信して家を漁る……。これが、どうしても想像し難いシチュエーションです。

だから、知らなかったか、知っていて逃げたけど戻ってきた、と考えることになります。


この事件は、犯人の意図を考えると矛盾することが多いです。

金目当てだとしたらなぜ年末年始なのか?

死刑当確なのに、処理する時間は充分にあったのに、なぜ指紋やDNAなどをありったけ残したのか?


しかし、現実は推理小説ではないので、あまり犯人の行動に一貫性を期待するのも難しいのかなと思います。


僕としては、素直ベースで事実を考えていきたいと思います。

つまり、自然な選択肢を素直に考える。


隣家を知ってたら逃げるに決まってるんだから、逃げたか、或いは知らなかったんだろう。

キャッシュカードを物色してたなら、金目当てだろう。

現場付近で目撃された男は、事件関係者だろう。

軍隊歩きをして、DNAが韓国人に多い型で、韓国製の靴を履いているなら韓国人だろう。

24年間捕まってないなら、もう死んでるんだろう。


このようにストレートに考える。

しかし、全部ストレートだと事実が矛盾するので、矛盾を抑える変化パターンを最小限に考える。

そういう風に考察していければと思います。


今やろうと考えていることは、警察発表や報道のタイムテーブル作成です。

次回は、家の裏から見て二世帯住宅と分かるのか、また、一旦逃げ出して帰ってきたという説を検討します。


次回 一軒の家とは思えない



最後に。

警視庁では2024年現在でも特別捜査本部を置き、懸命に捜査を続けています。か細い糸をひとつひとつ辿っているものと思われます。

2000年前後の記憶から、思い当たるフシはないか、ぜひ考えてみてください。あなたの細い糸が解決に結びつくかもしれません。

以下、警視庁の特設ページです。様々な情報や写真がありますので、参考になさってください。

よろしくお願いします。


上祖師谷三丁目4人強盗殺害事件


【欧州新婚旅行】大英帝国の風を感じて編(1日目)

 前回は搭乗時まで書きました。

搭乗は列に並びましたが、そこはワンワールド・サファイア会員、優先搭乗です。早く休みたいと思っていたので、普通に助かります。JALのスタッフがしきりに「Face Expressをお使いの方はこちらに並んでください」と呼びかけており、その人たちの列が上級会員の列と同時にゲートに入っていきました。なんなんだよ、ケッ!と思った次第ですが、使ってみるといいんじゃないでしょうか。



機内



さすがに「プレミアム」エコノミー、席の作りがしっかりしてます。アメニティ類も充実していました。歯ブラシはラウンジのものよりしっかりしていました。他にはアイマスク、耳栓、スリッパなど。

耳栓は寝るときに重宝しました。イヤホンだと寝返りうつときにボタンが触れて変な音鳴る(安物なので)し、ノイキャンもない(安物なので)ので防音性が低いです。飛行機、かなりうるさいですからね。

また、スリッパは、そこそこ質が良いものなので、持ち帰るべきでした。あれは、百均で百円しますね。ヨーロッパのホテルは靴生活を前提としており、スリッパはほとんど準備されていませんでした。まあいいやと持ち帰らなかったことをその後に何度も後悔しました。

若干遅延して出発。トラブルにより機内Wi-Fiが使用できないというアナウンスがありました。我々はもともと使う予定がなかったのでそれはよいとしても、さすがのJALでも国際線になるとお粗末なところは出てくるのだなと感じました。いわんや、海外エアラインをや……。心配です。

オーディオでジェットストリームを見つけ、離陸からしばらくはそれを聴いて感傷に浸っていました。

さて、JL041ロンドン深夜便は最初の機内食をスキップして即消灯です。こっちはラウンジでカレーをたらふく食っているので、異議なしです。寝ようと試みます。リクライニングは後ろに干渉しないつくりになっているので、一切気を遣わずに倒せます。新幹線のグランクラスと同じ構造ですね。そして寝るのですが、これがもう、寝れたもんじゃない。リクライニングは45度以上倒れ、かなり平行に近くはなるのですが、それでも「席」ですからね。ああ、フルフラットのビジネスクラスにするべきだった、というか家で布団で寝ていたい、そもそも旅行3週間って長すぎるだろ、と猛烈に後悔しました。いくらプレミアムでも、所詮エコノミーということですね。



窒息


寝付くのに1時間くらい掛かった割に、40分くらいで起きてしまいました。睡眠のコスパが悪すぎます。なぜ起きたかといえば、呼吸が苦しくなったからでした。初めは飛行機の酸素濃度が低下して全員〇ぬのかと思いましたが、それは杞憂でした。杞憂でしたが全然問題は解決していません。深呼吸みたいにしないと苦しくなります。妻は隣で、すぴーすぴー寝てますから、一人で必死に深呼吸していました。ああ、家だったら多分こんなことになっていないし、悪化したとしても救急車にアクセスできるが、機内だからもう〇ぬしかないやん、と絶望していました。マジで飛行機には引き返して欲しかったです。

30分くらいでだんだん落ち着いてきました。妻が起きたので呼吸困難事象を報連相したところ「その時に起こせや!」と怒られました。優しいなあと思います。そして十日後、高熱でうなされて妻を起こすことになります。

その後は爆睡しました。寝れるもんですね。起きたのが日本時間で朝9時頃でした。起きたら、妻は『ローマの休日』を予習していました。結構なことです。



機内食



日本時間10時半頃、朝ごはんとなりました。機内食は、オーストラリアの日本人料理人が趣向を凝らして監修したと書いてありましたが、まあおいしくないです。機内食ですからね。機内食がまずい理由として、機内が乾燥して味覚が変になるからだと、さも人間様に原因があるかのように語る記事が散見されますが、別に地上でもまずいと思います。火を入念に通さなければならないというのはここまで大きなディスアドバンテージなのかと、毎回驚きます。

あとはまあ、野菜が多くて、僕が偏食なのもまずい原因でしょうね。当ブログの僕の発言は全て偏食家の発言であることに留意してくださいね。

逆に、特濃の味噌汁は僕には美味しかったんですが、妻には不評なようでした。

でも案外メインディッシュは完食できるんですよ。空腹というスパイスもありますし、独特の味が面白いのも一因かなと思います。二転三転してすみません。



食後にハーゲンダッツが出てきます。我が家の経済政策は戦時共産主義を採用しており、配給のアイスはポッキンチューに指定されています。物珍しい味に歓喜しました。哀しい特別感です。

その後は3時間ほど、旅行の計画を復習したりして過ごしました。唇が乾燥していることに気付き、ステロイドを持ってこなかったことを後悔し、妻が持ってきており歓喜するという事件がありましたね。本当に妻は準備がいい。本当に僕は準備が悪い。後述しますが、薬の担当だった僕が持参した薬はイブと冷えピタでしたからね。ワイは無能や



魂の入国審査


アリューシャン列島に沿って進み、グリーンランドを通過する14時間の旅もようやく終わりそうです。グレートブリテン島が見えてきて、ロンドン上空を右旋回しました。眼下に見ゆるテムズ川、遠くに新市街のシルエットが見えます。すぐにロンドンの西側にあるイギリスの玄関・ヒースロー空港に着陸しました。

JALへの名残惜しさと憧れのロンドンに着いた高揚感を胸に抱いて降機しました。寒い!長袖一枚しかないぞ!困りましたね、かなり。まあ、朝早かったですからね。

空港には日本語の案内がありません。英語ばっかり。案外読めるけど、やっぱり体力使いますね。



なんとなく歩いていると、パスポートコントロールがありました。特定の国の方はこちら、それ以外はこちらという案内。当然、日本は「特定の国」です。こういうのを見るとちょっと、得意になりますね。浅はかで唾棄すべき感覚ではありますが、やっぱりね。

「特定の国」の方は、機械で入国審査を突破できます。羽田や成田のパスポートコントロールと同じです。あ~楽ちんだな。特定の国だもんな〜。どれ、パスポートをセットして、カメラを見つめて……。

これが、上手くいかなかったんですよ。妻は悠々と突破して、心配そうにこちらを見つめていました。僕は必死にやりますが、まるでダメ。Go Back!ということで、係員に声を掛けました。Excuse me? Go there!これがこの旅初の英会話となりました。最悪ですね。thereは有人の入国審査スペースを指します。トルコ人曰く、僕の見てくれはアフガニスタン人らしいので、一抹の不安を抱えながら赴きました。

自慢ですけど、僕は大昔に東大の入試を突破しているので、人並み以上には英語できるんですよ。ほぼネイティブっすよ。インド系の入国審査官と対峙して、パスポートを差し出します。あれ?「はいどうぞ」って英語でなんていうんだっけ?しょうがないので無言で差し出しました。入国審査官がなんか聞いてきますけど、聞き取れない。あーもう全然ダメですね。東大英語を読みこなし・聴きこなした僕はもういませんでした。

必死の困り顔とOne more please。審査官は、にこやかに、ゆっくり喋ってくれました。「何日いるのか」「ONE WEEK!」「誰と旅行しているのか」「……WIFE!!!」これで突破できました。簡単簡単、恐れるに足りません。

補足ですが、多分、メガネをしていたから機械が上手くいかなかったんですよね。フィンランドで、日本人ビジネスマンがそんなことを言っていたので試してみたら上手くいきましたから。パスポートの写真もメガネ掛けてるんだけどなあ。



ラッキー・アーリーチェックイン



妻と合流し、電車に乗りました。日本でいう成田エクスプレスが25ポンド、地下鉄エリザベスラインだと13ポンドです。当然、地下鉄に乗ります。

イギリスが優れているところは、全ての支払いがクレカのタッチ決済で済むところですね。鉄道の改札も当然タッチ決済です。日本ではタッチ決済は普及途上ですから、さすが大英帝国だなと思いますね。

ロンドンっ子御用達の乗換案内アプリCitymapperを頼りに電車にたどり着き、40分ほどでトッテナム・コート・ロード駅に着きました。外に出ると、寒い!道が汚い!自転車が多い!そして、ロンドンだ!嬉しいったらありゃしないですね。ブルームズベリー公園でスーツケースを広げ、妻は簡易的に化粧をし、僕は長袖を羽織りました。そして、ホテルに荷物を預けに向かいました。

ホテルは、大英博物館近くのベッドフォードホテルを予約しました。本旅行は、妻がすべて調べ上げ、予約しました。ありがとうね。受付でパスポートを渡しました。

一応ホテルの予約を全部印刷してきたんですけど、これは1回も使わなかったですね。絶対にパスポートを提示するので、それですべて済みます。

すると、インド系の受付係が、不敵な笑みを浮かべながらYou are luckyとのたまいます。なんだ?部屋のアップグレードでもしてくれるのか?と思いきや、なんと、もう部屋に入っても良いといいます。これは有難い、部屋のアップグレードよりも有難かったです。

海外の揺れるエレベーターの洗礼を受け、部屋に入り、一休みしました。まだ何もしていないのに疲れました。



無予約大英博物館



イギリスといえば、大英博物館なんですよ。植民地帝国の威光を存分に感じることが出来ます。最高の気分です。ホテルから博物館まで徒歩5分!開館時間は10時で、10時15分くらいに正面玄関に行きましたが、もうかなり並んでいましたね。大英博物館を囲むように並び、入ろうとすると、係員に「予約はあるか」と訊かれました。「あるわけねえじゃん、無料やで?」と言いたいけど言葉が出ないので”No”と言いました。すると、別の出入り口に行け、と追い出されてしまいました。

イギリスの王立ミュージアムは基本的に無料ですが、予約もできるようです。そして、正面玄関は予約の列だったようです。が、当時はそんなことわからないので、はたして入れるのか、不安になりながら裏口に行きました。初っ端から躓いてますからね。



真裏の北口に並んで、手荷物検査を受け、入れました。入れたのですっかり笑顔の僕。まずは、ロゼッタストーンを観に行きました。ロゼッタストーンって知ってますか?ヒエログリフ解読の糸口となった、大英博物館の至宝です。エジプトにあったものですが、当然のようにロンドンにあります。



さすがに一番混んでいましたが、1分くらいでガラスの前に辿り着くことが出来ました。うわ~すげ~!あったりまえですけど、文字が刻んであるんですよね。すげ~な~



まあ、語るほどの知識もないし羅列してもキリがないので少しにしておきますが、これはアッシリアの何かです。当然のように建物の一部になっており、けっこう雑に扱われてる気がするんですけど、どうでしょう。



トーテムポール。どうぶつの森以外で初めて見ました。



エチオピアコーナーにある、アドワの戦いを描いた絵画。第一次イタリア=エチオピア戦争の激戦で、エチオピアが勝利しました。日露戦争と同じく、有色人種が白人に勝利した稀有な例です。

まあ、最終的には第二次イタリア=エチオピア戦争を経て、エチオピアはイタリアに併合され、イタリア領東アフリカを構成することになります。このくだりは、国際連盟の形骸化として世界史学習に出てきますね。


とまあこんな感じ。あとは、日本ギャラリーを三菱商事がバックアップしてたのが凄かったですね。

ここには翌日も来るので、お腹も減ったことだし、博物館を出ました。



出口はさきほど涙をのんだ正面入口。立派だね~~~

カップルに声を掛けられて、写真を撮り合いました。暑くなったので、長袖をバッグに結びました。寒いのは朝だけですね。



フィッシュアンドチップス



昼飯を求めて、そしてイギリスらしい食事を求めて、フィッシュアンドチップス屋さんに行きました。NORTH SEA FISHというチェーン店?です。ミニを注文しました。15分くらい待たされました。店員が暇つぶしにダンスするのを見ながら待ちました。

ミニを頼んだのに、とても多く、また美味しかったです。白身はジューシーでした。ポテトは、僕はそんなに好きではないですが、普通に美味しかったです。結局食べきれず、夜にまた食べました。



9と4分の3番線


試験と旅行の間隙の一週間、『ローマの休日』と『ノッティングヒルの恋人』を予習しましたが、もうひとつ予習したものがあって、それは『ハリーポッター』です。妻の強い希望で、第一作だけ観ました。まあそれなりに面白かったです。ホグワーツの制服に大学の卒業式を思い出し、ホグワーツ城に「これUSJで見たことあるな」と思いました。そのハリーポッターに、次のようなシーンがあります。ロンドンのキングス・クロス駅の9番線ホームと10番線ホームの間の柱に突っ込むと、9と3/4番線に入れる、というシーンです。ハリーがカートを押しながら柱に埋没します。



というわけで、キングスクロス駅には特設・9と3/4番線があります。改札外にあり、観光地になっています。並べばまさにハリーのような写真が撮れるのですが、2時間くらい待ちそうな感じだったので諦め、勝手に自撮りをしました。これは妻が「そのものの写真だけならネットに転がっている。その場に自分たちが行かなければ撮れない写真を撮るべきだ」と主張し、感銘を受けたからです。いいこと言うなぁ


さて、スーパーに寄って帰って12時間寝ました。

次回・イングランド銀行博物館で金塊を持つ。ホテルレビューもあるよ


0日目 出国編


2日目 テムズとともに

3日目 4枚目のひまわり


【ブログ10周年記念】途中で書き飽きた記事を味わう

 中学二年生の頃に、2ちゃんのスレに感化されて書き始めたブログが、なんと10周年を迎えました。この記事で212本目になります。17日に1本のペース。う~ん、多いということにしてください。

愛媛県の秘境駅・下灘駅への旅行を鮮やかに描いた2014年8月18日投稿『海を越えて下灘へ』が最初の記事です。それより前にも何本か記事があったのですが、あまりに悪い意味で中学生過ぎて、成人してから削除したのだと思います。『海を越えて下灘へ』も相当アレですけどね。


さて、これまで211本の記事を書いてきましたが、その中には「つづく」と書いて続かなかったり、「今後の課題としたい」として消息が途絶えたり、「その2」以降がない記事が無数にあります。これらをすべて完結させていたら、累計記事数はたぶん1300本くらいになったのでは、と思います。

そこで、10周年特別企画として、このような消息不明の記事を振り返り、次の10年の糧にしようと思います。



①指定方向外研究について(2016年4月15日)



変な形の『指定方向外進行禁止』標識を探っていこう、という趣旨です。最初に大風呂敷を広げて記事が出ない、という当ブログにありがちなパターンの例です。

実は、この記事、PV数が多いです(当社比)。なぜかというと、実は、この路線で有名な方がいらっしゃるんですね。本も出してらっしゃいます。



僕もこの路線でガチっていれば、その波にあやかれたかも……という後悔で、まずこの記事を挙げました。


②四国上陸作戦in2015/上陸編(2016年8月2日)




今でも親友の「福水クン(仮名)」と、四国に行った話。

当ブログで無数に繰り返される、旅行記の最初だけ書いて飽きるパターンの初例。まだ上陸しかしていないのに。

ただいま執筆中の新婚旅行記は、同じ轍を踏まないように頑張ります。


速攻で飽きたパターンの実例を他にも挙げておきます。

九州旅行1日目(2016年10月23日)

第三夜(2019年5月4日)

西海道中カブ栗毛1日目(2021年5月1日)


珍しい完結の例も挙げておきます。結構読み応えあると思います。

【MCS南部杯】盛岡競馬に行ってきた・その1



③穴馬後出し考察2鞍目(2022年3月29日)


競馬にハマっていた頃ですね。

人気薄なのに好走した馬について、後から理由を挙げていくという不毛極まりないシリーズなので、2回で打ち切りもやむなしかと思います。



④佐賀関鉄道その2(概略)(2022年5月20日)


地元大分にかつて存在した軽便鉄道・佐賀関鉄道について特集する予定だったシリーズです。

一旦概略で記事数を稼いで飽きるパターンですね。

本当に、やる気はあるんですよ、最初は。


⑤豊予海峡ルートその2(2022年東京シンポジウム)(2022年6月2日)



豊予海峡ルートにハマっていた時期ですね。




東京で開かれたお堅いシンポジウムに、私服の大学生二人が紛れ込みました。僕と、僕の彼女です。

こんなのに付いて来てくれるなら結婚もしてくれるわな、という感じがします。

豊予海峡ルートについては月報という形でその後も連載しましたが、僕よりガンギマリの熱烈推進派・佐藤樹一郎氏が大分県知事に就任したことで、冷めました。


⑥本郷を歩く・本郷三丁目(2023年8月26日)



コロナでほとんどキャンパスに行く機会がなかったので、
行く機会を自分で創出したシリーズです。七丁目まであるはずですが、三丁目で学生時代が時間切れでした。


以上が未完シリーズの例です。



でも、ここまで書いてきて思いましたけど、風呂敷を広げるって大事ですね。とりあえず書いてみる、を積み重ねたわけですから。自分、偉い。頑張った。

まあそういうわけで、今後も尻切れトンボ記事を量産していこうと思います。

単発記事の形式で積み上げていけば挫折もしにくいかな。

とにかく気持ちを新たに頑張ります。読んでね~





オマケ


壁紙変えたよ〜☆