【欧州新婚旅行】出国編(大分→羽田→ヒースロー)

『深夜特急』の沢木耕太郎は、その旅から10年後に、当時の手紙を読み返しながら大作を著したそうです。あえて時間を置くことで、旅で見たもの・感じたことが心に沈潜する、というようなことが書いてありました。

『秘境の旅人』のプー太郎にはそのような芸当は無理ですので、帰国初日から執筆することとしました。いや、高校時代に深夜特急スタイルの真似はしてみたんですけど、普通に旅のことを忘れてしまいました。ヌルい旅をしているな、と自省する日々です。


最近めでたいことに結婚しまして、また、最近かなしいことに退職しまして、丁度良いので、次の仕事までの空白期間に新婚旅行を敢行することにしました。

妻に尋ねたところ、ブログのネタにしてよいと、苦虫を噛み潰したような顔で言っていましたので、心置きなく書いていこうと思います。


全体を読めば旅を楽しみ消耗していく様子が分かり、一部を読めばその観光地のことが分かる、ということを目標に書いていきます。




準備


7月7日に資格試験を受験し、一切答え合わせをすることなく、現実を忘れて旅に出ることとしました。受験勉強は辛かったですが、その後にヨーロッパ新婚旅行が待ち受けているので頑張れた、という感じでした。来年からはどういうモチベーションで受験しようかと不安になります。

15日が出発の日だったので、1週間の準備期間がありました。結構暇でした。まあぼちぼち、旅の時間を一分一秒無駄にしないように様々な準備を施しました。例えば、スマホの不要な通知を切ったり、家賃やクレカの支払いに備えて口座のお金を移動させたりです。尤も、読み進めれば分かるように、旅先で一分一秒を浪費しまくることになります。

ほかに、冷蔵庫の中身を減らしたり、冷蔵庫を節電モードにしたり、ゴミ出しをしっかり済ませたり、トイレの便座温め機能を切ったりしました。旅程は8月5日までの21日間に及ぶので、完璧にしておきたかったのです。

なぜ三週間も旅に出るかといえば、無職で暇だからというのもあるのですが、ヨーロッパまでの往復交通費が馬鹿にならないので1回でしゃぶり尽くしておきたいという点で夫婦の心が完全一致したからです。まあ新婚旅行だし!?ということです。

読み進めれば分かるように、10日目くらいで飽きて帰りたくなりました。


出発当日。5時くらいに起きて、前日にダイレックスで買っておいた惣菜を食べ、厳重に火の元の電源を消して回りました。どうしても何か忘れているという感覚は拭えないものの、7時頃出発。あれだけ事前に示し合わせておいたのに、玄関の鍵を閉めたことを明確に確認することを、二人とも失念していました。まあ幸い結果的に忘れ物もなく、鍵も閉まっていました。これはどうにもならんですね。

最寄りのバス停までスーツケースを転がします。預入手荷物運賃を節約するため、そしてなるべく身軽であるために、二人でスーツケースひとつで旅に出ました。トランクひとつだけで浪漫飛行へ、ということです。転がしながら、意外と転がすの大変だな!と感じました。一つにして良かったと思います。

祝日なのでバスは空いており、すぐに大分駅に着きました。大分駅から空港バスに乗り込みます。スマホ事前購入で100円引き。それでも1人1500円します。なぜなら、大分空港は天竺よりも遠いからです。直行高速バスで1時間強かかります。成田国際空港でも許されない遠さです。例えば、某交通系youtuberは大分に来るときに福岡空港を使うそうです。これは極端ながら、まあそのくらい遠いです。結局、すべては広大な別府湾を回り込まなければならないのが悪いので、県は湾を縦断するホバークラフトを推進していますが、事故多発で難儀そうです。



大分空港にて


ともかく、大分空港に着いたのが8時半くらいでした。10時半の飛行機なので、まずまず常識的な時間でしょう。さて、筆者はワンワールドアライアンスメンバー・日本航空のステータス修行を敢行した暗い過去があるため、当然、ロンドンまではJALを利用します。JALの機械でチェックインを済ませようとすると、なぜかエラーが出ました。二人でオロオロとスタッフに尋ねると、国際線特典航空券の経路だから窓口で手続きせよ、ということでした。

そう、今回は往復ともにJALのマイルを使った特典航空券なのです。先述の修行で自動的に貯まったマイルや日頃のクレカ利用、陸マイラー的ポイ活、楽天ポイントのマイルへの交換など総動員でかき集めたマイルは二人で約12万。これをロンドン便で7万マイル、帰りのヘルシンキ→羽田で4万7000マイルで利用しました。

例えば、行きのロンドン便はプレミアムエコノミーで予約しましたが、これを普通に予約すると二人で約95万円でした。これをマイルでとると、7万マイル。燃油サーチャージは自腹ですが、それでも1マイルが約12円の価値を帯びることになりました。わざわざ「普通に予約した場合の運賃」を調べる僕の浅ましさを除けば、特典航空券、素晴らしいでしょう?

この話には続きがあります。お願いなのでもう少し喋らせてください。JALの国際線特典航空券は、国内移動分が完全無料で付いてきます。つまり、今回は大分→羽田→ロンドン・ヒースローと2回乗るわけですが、この大分→羽田部分は完全にオマケで付いてきます。僕はこの説明で、年会費が掛かるクレカを渋る妻を説き伏せました。マジ最高です。

そういうわけで、オマケ航空券なので、機械では対応していないということでしょう。全く結構なことです。タダですからね。快く窓口に並びました。

窓口でロンドン行き・ヘルシンキ帰りの異常経路を見せたからか、スタッフの方が「新婚旅行ですか?」と声をかけてくれました。僕は前日にGUで買って不必要にずっと着けているサングラスを外し、「浮かれていてすみません」と謝罪から入り、和やかな会話を楽しみました。

スーツケースを預け、空港のカードラウンジに入って休みました。カードラウンジとは、クレカのゴールドカードを持っていれば誰でも入れるちゃちいラウンジのことです。僕の異常性を強いて挙げるならば、最寄りの大分空港にJALのサクララウンジが無いにもかかわらず、JALのステータス修行を敢行した点、これに尽きるでしょう。修行の意味が半分くらいないですね。



そういうわけで、上級会員であることを全く活かせずに佇んでいると、誰かに声を掛けられました。振り返ると、先程の窓口のお姉さんがおり、出発前に良かったらとお手紙を頂きました。新婚旅行を祝福するメッセージに妻と大喜びしましたが、それにしても、ラウンジまで探しに来るとは、JAL恐るべし!一生付いていきます!と忠誠心を固くしました。

サクララウンジはないものの、上級会員は上級会員ですから、飛行機には優先搭乗できます。ほら、空港で先に「なんちゃらクラブのお客様をご案内していま~す」とか言って、したり顔のジジイが飛行機に吸い込まれていくじゃないですか。アレですよ。僕、なんちゃらクラブに入ってます。ですから、得意げに妻と優先搭乗しました。ところが、機内で妻が「優先搭乗は恥ずかしいから普通に入りたい」と言っていました。僕とは全く感性が違う妻の言葉に、この人と結婚してよかったなあと思いました。僕は、全然したり顔で優先搭乗したいです。

そんな妻も、国内線ではWi-Fiが無料なのに国際線では有料であることに関しては激怒していました。ともかく、そういう風に羽田に着きました。この日は天気が悪く、線状降水帯が発生するかもと言われていたので、無事に飛んでつくづくホッとしました。

国際線は深夜だったので、スーツケースは預けたまま、東京の友人と昼飯・カラオケ・呑みに行きました。資格試験勉強のため、節約のため、酒に弱いため、友達が少ないため、無職のため、飲み会は半年ぶりでした。久々に呑むビールはたまらなかったな~



羽田・国際線サクララウンジ



20時半頃に羽田に戻りました。今度は国際線なので第三ターミナルです。先述の修行の際には無限に羽田ー山形を往復していたので第一ターミナルには足繫く通ったのですが、第三ターミナルは久しぶりです。コロナ前ぶりかな?いや、厳密には、その山形修行の際に、家に帰る交通費を節約するために第三ターミナルで野宿したことがあります。24時間開いてますから。まあ、寝坊して朝の飛行機に乗り損ねたので、ただ身体を痛めただけで家に帰ったんですけどね。

ともかく、上級会員としては初めての第三ターミナルです。深夜1時の飛行機なのに21時前に来る理由は、お分かりでしょう、国際線サクララウンジです。あったりまえですが、国際線のラウンジの方が国内線に比して著しく豪華です。国内線はドリンクだけですが、国際線はメシがあります。タダです。



まずは名物のビーフカレー。これを食うために修行したと言っても良いくらいなので感動しました。修行費用30万円のカレー、非常においしかったです。肉は大きいし、全体に牛肉が溶け込んでいるのでどこを食べてもおいしいです。全てのカレーは過去になりました。



普通にうどんもおいしかったです。こういううどん好きなんですよね~



お酒も色々ありました。僕はアルコール弱いのでお酒分からないんですよね~悔しい話

アルコール弱い勢向けに、ノンアルのスパークリングワインがあったので、少々嗜みました。鼻に抜ける香りがよい、と妻は語ってました。何を知ってんだよ、と僕は思いました。

また、写真はないですが、ノンアルのビールが缶で冷蔵庫にストックされていました。缶で提供されるのが一番生々しく無料を実感できるので、試しに飲んでみました。飲めたもんじゃありませんでした。



妻が撮った和食風の諸々。妻には好評価でしたよ。

ネットにはラウンジ専用アプリで食事を注文するとありましたが、2024年7月現在はセルフビュッフェ方式でした。量が調整できるのでセルフの方がよいですね。

アプリは、シャワーの予約に使いました。混んでいるかと思いましたが、すぐに順番が来ました。受付でシャワーのカードキーをもらい、ついでに歯ブラシセットももらい、サッパリしました。



ネットでは「一流エアラインのシャワーとは思えない」と酷評されていましたが、別に普通でした。上にシャワーがあり雨みたいになる海外風ですが、手に持つシャワーも付いてますし、水圧も強かったです。

カスなのは歯ブラシでしたね。さぞしっかりしたものだろう、家で使いまわしたろうかなと思っていたのですが、蓋を開ければ使い切りの紙製のSDGsでした。全く、一流エアラインの歯ブラシとは思えませんね。



外貨両替のハナシ



時間が前後しますが、出国審査の前に外貨両替をしました。後世に読む方が「こんな円安で両替して馬鹿みてえ」と感じることを祈っていますが、レートは1ポンド=220.54円でした。この日の相場は205円くらいでしたから、大体15円、7%くらい手数料が乗ってます。これには僕も狼狽えましたね。この両替所は日本空港ビルデングというところですが、羽田最安と噂の両替所だったからです。最安でこれか、と思いました。

まあ現地で現金を使う機会は無さそうだし、実際イギリスでは一切使いませんでしたが、まあお守り代わりということで1万円分くらい替えました。

ちなみに、ユーロはレートが179.53円で、相場は172円くらいでしたから、手数料は4%くらいでした。クレカで払っても海外事務手数料+為替手数料で少しは取られますから、これくらいの両替手数料は許容範囲かと思います。

それよりも重要なことは、まあ僕がムチムチの無知だったのですが、外貨両替すると、海外のコインは出ないのに日本円のコインは出てきてダルいということです。

つまり、結局海外でコインを使う場面はありませんでしたが、例えばトイレなどを利用するのに海外のコインが必要かなと思っていたので、これがダルかったです。また、端数の日本円が返却されるのも、荷物が重くなり困りました。まあ後者については、空港には募金箱がありますから募金すればいいんですけど、当方ケチなので……。そういうわけで、事前に銀行等で両替していくのがベストかなと思います。


さて、サクララウンジを出たのですが、その足で上階のサクララウンジ・スカイビューにも寄ってみました。実は、今回乗るロンドン行きの深夜便は機内食が少ない代わりに、このスカイビューラウンジが誰でも使えるのです。「カレー食っとけ」ということですね。だから、さぞ賑わっているだろうと思ったのですが、人はそこまでいませんでした。そして出発のゲートに行くと、いっぱい人が並んでいました。時間が遅かったからかな?それともみんなラウンジに興味ないのかな?ラウンジのためにわざわざ修行した僕ってなんなのかな?と思いました。

もう一つ本当のことを言えば、今回我々はプレミアムエコノミーで予約したのですが、プレエコだと上級会員じゃなくてもラウンジ使えるんですよね。もう本当に修行の意味がないです。今のところ、優先搭乗・したり顔だけ。はーーーーー


次回、出国。機内で窒息し、入国審査引っ掛かって、大英博物館に入れず泣く、という話をします。

当ブログはディアゴスティーニ方式なので、次回からは文章は短くなる予定です。お楽しみに。


◎貨幣損傷等取締法の地平線

日本には、貨幣を傷付けることを禁止する「貨幣損傷等取締法」があり、このせいでマジシャンが困っているとか、そういう話は有名かと思います。

本稿では、同法について、必要以上に深掘りしていこうと思います。


なお、本稿執筆時点で、筆者は法律に関してなんの資格も有しておりませんので、詳細は貨幣損傷等取締法に強い弁護士など専門家にお尋ねください。

一応、ファイナンシャル・プランナーの資格は有していますが、ファイナンシャル・プランナーはそこまで物理的なお金に関する知識を担保する資格ではありません。



貨幣損傷等取締法

① 貨幣は、これを損傷し又は鋳つぶしてはならない。

② 貨幣は、これを損傷し又は鋳つぶす目的で集めてはならない。

③ 第一項又は前項の規定に違反した者は、これを一年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。



まず面白いのは、第二項が準備行為をも禁止している点です。つまり、ドリルを準備し、穴を開ける強い意志を持って五百円玉を収集する行為は、これ自体が罪に問われるということです。

法が準備行為を処罰対象とするのは珍しく、刑法では内乱予備罪、殺人予備罪など八種類しかありません。ちなみに、その八種の中には「通貨偽造準備罪」があります。総じて通貨系の犯罪は準備行為に厳しいことが伺えます。


刑法第153条 貨幣、紙幣又は銀行券の偽造又は変造の用に供する目的で、器械又は原料を準備した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。


実際に、マジシャンが五百円玉を海外で加工(損傷!)して再輸入し、税関でバレた事件では、(おそらく)損傷自体は海外で行われたので第一項の構成要件を満たさないものの、五百円玉を集める行為が国内で行われたために、第二項が適用されています。多分。


まあ、本命は第一項です。再掲します。


貨幣は、これを損傷し又は鋳つぶしてはならない。


色々と定義すべきことがありますね。

まず「貨幣」とはなんでしょうか。


同法の指す「貨幣」はまず「硬貨」であり、紙幣は含みません。

紙幣を「鋳つぶ」すことができないことは言葉の問題として自明ですが、「損傷」させることも法的には問題ないということです。

昨今、変わった人たちが千円札に怪文書を印字して流通させることがあるようですが、これは無罪です。

国立印刷局では、紙幣を傷付ける行為について

「お札はみんなで使うものですから、大切に使ってください。」

との見解を示しています。あくまでお願いベースということです。


紙幣への印字は無罪である
(画像はXより転載)


この紙幣・硬貨の区別の存在理由ですが、そもそも同法の趣旨として、鋳潰しを防ぐことが挙げられますから、原料が紙でしかない紙幣についてとやかく規制するのは法趣旨にそぐわないと考えられます。

また、日常の問題として、紙幣は明らかに硬貨より「損傷」しやすいですから、いちいち罪としていたら大変でしょう。



次に「硬貨」について考えます。同法の「硬貨」は「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」第五条の硬貨を指します。では、これを読んでみましょう。


第五条 貨幣の種類は、五百円、百円、五十円、十円、五円及び一円の六種類とする。

2 国家的な記念事業として閣議の決定を経て発行する貨幣の種類は、前項に規定する貨幣の種類のほか、一万円、五千円及び千円の三種類とする。

3 前項に規定する国家的な記念事業として発行する貨幣(以下この項及び第十条第一項において「記念貨幣」という。)の発行枚数は、記念貨幣ごとに政令で定める。


要するに、500円玉・100円玉・50円玉・10円玉・5円玉・1円玉と、記念硬貨です。

これで、外国硬貨や、1円未満の硬貨(戦前には一厘硬貨や十銭硬貨がありました。)は同法の埒外とわかります。

しかし、このように書くと、古銭に一家言ある読者諸兄から「では昭和23年発行の(現在通用しない)一円黄銅貨や、明治時代の一円銀貨の損傷は法律で禁じられているのか」と早口で詰められるかもしれません。また、明治時代には十円金貨なるものもありましたが、これも10円玉と言えなくもないです。


左・一円黄銅貨
右・一円(圓)銀貨:ちなみに、約2万円

この点について明確にしている法律はないのですが、先述したマジシャン事件の東京高裁判決は同法の趣旨について踏み込んでおり、その目的たる「経済取引の円滑」の部分から判断するに、同法の「硬貨」は「現行貨幣」のみを対象としていると考えられます。以下、引用します。


貨幣損傷等取締法は、・・・(中略)貨幣の信用を維持し、経済取引の円滑を期することを広く目的としている・・・(後略)


以上の考察から、 貨幣損傷等取締法のいう「貨幣」は「現行」の「硬貨」を指していると考えられます。


これは貨幣マニアの方には当然の話ですが、「現行の硬貨」は、「現在発行されているもの」だけではありません。例えば、昔の五百円玉(自販機で使えるヤツ)が現在発行されていないのに「現行」(自販機で使える)であることと同様に、昔のお金でも現行のものは結構あります。そして、その中には、金属価格が額面価値を超えるものも散見されます。

例えば、昔の百円玉は銀貨(品位・銀60%、量目・4.8g)でしたが、これは2024年現在の銀価格に鑑みるに、金属として350円程度の価値があります。これは額面100円を超えており、鋳潰す対象となり得ます。しかし、これを鋳潰すことは法が禁じているというわけです。


これも現行の硬貨である。


では次に、「損傷」「鋳つぶし」について考えていきます。

私見ですが、「損傷」は「鋳つぶし」を含んだ概念だと考えられますから、本稿では「損傷」のみを考えます。

(鋳潰しの過程に必ず損傷がある。対偶をとれば、損傷しなければ鋳潰すことはできない。)

実際、検挙事例はほとんどが「損傷」であると思われます。鋳潰しを証明することは困難でしょうし、損傷で検挙すれば足ります。

「損傷」とはどの程度の傷付ける行為を指すのでしょうか?

いくつか逮捕の事例を見ていきます。


①2017年東京都中野区「手品用に硬貨加工容疑 3人逮捕、プロにも販売」

産経新聞より引用します。下線は筆者によります。


3人は500円硬貨が別の硬貨に変わったように見せるため、二つに割って内側をくりぬいた中に薄く削った10円硬貨などを隠したり、安全ピンで硬貨を貫けるよう穴を開けたりして、マジックの小道具を作った疑いが持たれている。

店舗やインターネットオークションで1枚当たり2千円~3万円で販売し、2月までの1年間に約100万円を売り上げた。逮捕容疑は2015年5月下旬~今年2月、硬貨約500枚を削って薄くしたり、穴を開けたりした疑い。


アウトすぎる
(写真は産経新聞より転載。産経新聞大好き!)

これはオーソドックスな、ストロングスタイルな「損傷」で、異議なし!だと思います。あまりにオーソドックスなので参考になりませんね。そういう意味では、意義なし!でもあります。



②2015年兵庫県「マニア垂涎の「エラーコイン」偽造しヤフオクに出品 詐欺容疑で兵庫県の無職男逮捕 千葉県警」

この事件は、貨幣蒐集家にとっては非常に興味深いものです。

再び産経新聞より引用します。下線は筆者によります。また、個人情報は一応伏せます。


製造時に文字が欠けるなどの欠陥が生じた、希少価値が高いとされる硬貨「エラーコイン」を偽造してインターネット上で販売したとして、千葉県警サイバー犯罪対策課は16日、詐欺の疑いで、兵庫県●●市●●、無職、●●●●容疑者(●●)を逮捕したと発表した。同課によると、偽造エラーコインの詐欺事件立件は全国初とみられるという。 

逮捕容疑は、4月4日~5月8日、2回にわたりネットのヤフオク!(ヤフーのオークション)に、製造年の刻印などを削った100円、500円硬貨計2枚をエラーコインと偽り出品。(中略)

エラーコインは製造過程で刻印が打たれなかったり図柄が欠けたりした貨幣で、マニアの間で高値で取引されている。 

同課によると、●●容疑者は、自宅で硬貨を研磨剤で削るなどしてエラーコインを偽造。1~6月に計約57万円をだまし取り、被害者は全国で延べ45人に上るとみられている。「小遣い目的でやった」と供述しており、同課は貨幣損傷等取締法違反の疑いでも立件する方針。



非常に興味深いですね。①の事件では硬貨に穴を開けたり割ったりしていましたが、本件では削る行為でも「貨幣損傷等取締法違反の疑いでも立件」される可能性が示唆されています。(続報がないので、その後はわかりません。)

それよりも興味深いのは、「偽造エラーコイン」という言葉です。エラーコインが偽造されることが問題となるのは、「真正なエラーコイン」の存在を前提としているからです。

造幣局がどういう見解を示しているのかは分かりかねますが、少なくとも千葉県警は造幣局がエラーを吐くことはありうると考えています。そうでなければ、詐欺罪になりません。単に変造したコインを売っただけでは詐欺ではなく、エラーコインというものが実在し、それと偽っているから詐欺なのです。

さて、ここまで読んで、歯茎剥き出しでニコニコされている読者諸兄も多いことかと思いますが、実は、2024年現在でも、「損傷」に該当する可能性がある商品はたびたびヤフオクに出品・落札されています。


「損傷」にあたる可能性がある出品物の一例
お釣りでもらったものならセーフです。
当ブログでは、この出品物が違法だなどと言うつもりはありません。
きっとお釣りでもらったんでしょう。犯罪がなくて良い世の中ですね。


このヤフオク問題の難しいところは、造幣局のミスによるエラーコインなのか、私人の損傷によるエセ・エラーコインなのか、この峻別が素人には分かりづらい点にあると思います。

真正エラーコインだと信じて購入した素人がエセ・エラーコインを掴まされ、販売者を訴えるということは保護されるべき権利だと思いますが、外部の者が無闇にヤフオク運営に通報を繰り返すと、「エラーコイン」の出品が一律で規制されてしまう恐れがあります。

筆者は、ヤフオクにおけるエラーコイン市場は、偽物が出回るのは大いなる問題ではあるものの、コイン専門のサイトでは扱わないような細かいエラーコインが流通するという点では貴重な場所だと考えています。

結局、私人の損傷で実現できるエラーは一律に無視するという、購入者側のリテラシーが問われているのかなと思います。


本題に戻りましょう。「損傷」の程度ですが、上記二件の事例から、少なくとも金属を加工することは「損傷」に当たると思われます。

それ未満の行為については、判例が乏しいため、立法趣旨に遡って明確にするのが法解釈の常道とはなります。

例えば、十円玉に水性ペンで落書きする程度では、立法趣旨である「経済取引の円滑」を妨げるものではないと思われます。洗えば落ちます。

油性ペンでも円滑流通を妨げるほどに汚損することは難しいと思います。「経済取引の円滑」から見た十円玉のデザインの本質は「10」「十」の表示ですから、その部分の汚損は他の部分より厳しめに判定されるかもしれませんが、完全に私見です。

また、たとえ「損傷」に該当すると評価されても、数枚程度の「損傷」なら可罰的違法性に欠けるとして犯罪成立が否定されることがほとんどであろうとも思います。上記事件では、下線で示した通り、数百枚規模で損傷をしています。


以上をまとめますと、貨幣損傷等取締法は「現行」の「硬貨」の「金属を削る」行為を罰するもので、「金属を削らない」行為については、「経済取引の円滑」という立法趣旨から判断されることになりそうです。


最後に。千葉県警お墨付きの「エラーコイン」ですが、これを所持することは罪に問われることはありません。貨幣損傷等取締法は損傷行為自体やその準備行為を罰するもので、所持は罰しないからです。バシバシ集めていきましょう。


珠玉のエラーコインコレクションを見ていってください
もちろん、全て私人による加工の可能性がないものです


なお、本稿執筆にあたり、法科大学院生のマブダチに協力していただきました。いつもありがとうございます。

【参考文献】


貨幣損傷等取締法(昭和二十二年法律第百四十八号)


産経新聞2017年10月5日「手品用に硬貨加工容疑 3人逮捕、プロにも販売」


産経新聞2015年10月15日配信「マニア垂涎の「エラーコイン」偽造しヤフオクに出品 詐欺容疑で兵庫県の無職男逮捕 千葉県警」


高等裁判所刑事裁判速報集平成19年331頁

オランダ領キュラソー


「探求をやめるなかれ。すべての探求の最後に我らは初源の場所に戻り、

そこがどこかを初めて知るだろう。」

T・S・エリオット




キュラソーは、17世紀から2023年現在に至るまで存続している、オランダの植民地・構成国である。

キュラソーの現在の法的な立場は、ヨーロッパに領土を持つ「オランダ」と対等な立場で「オランダ王国」を構成する国(地域)である。脱植民地主義的妥協の産物、といったところである。



地理的には、南米大陸・ベネズエラの北部、カリブ海に位置する。

周辺に同じくオランダ王国を構成するアルバ島・ボネール島があり、その頭文字をとってABC諸島と総称されている。


上記の地図のように、カリブ海地域のオランダ植民地は、ベネズエラ沖のABC諸島の他に、小アンティル諸島北部のSSS諸島がある。

これら6島は1954年から「オランダ領アンティル」として編成されており、キュラソーはその主都であった。


最も興味をそそる点は、なぜキュラソーは未だにオランダに留まっているのか?という点である。

キュラソーに限らず、カリブ海や太平洋の島々を中心に、現在でも、ヨーロッパ諸国の事実上の植民地としてその主権が制限された地域(居残り組)は、そこそこの数がある。

これら地域に対する画一的な理解は、独立に耐えうる経済的基盤がなく、本国の援助に依存しているというものである。

さらに言えば、経済的な現実がそのナショナリズムを上回っているから、と説明されよう。


確かに、キュラソーも他の「居残り組」と同様、主要な産業を持たない。かつては石油産業が栄えたがそれも終焉し、かろうじてその名を冠する「キュラソー」というリキュールの酒造が知られているのみである。

しかし、植民地を愛好する者としては、このような画一的かつ消極的な理解のみならず、各植民地に特有の「居残る」事情を見出したい。


ここで、1975年の脱植民地主義的な意味を概観する。

1960年が「アフリカの年」であることは、ちょっと社会が得意な中学生でも知っていることである。

しかし、1975年もまた植民地の歴史にとっては重要なターニング・ポイントであった。


この年に起きた出来事といえば、なんといっても、ポルトガル「海外県」の独立である。前年のポルトガル本国におけるカーネーション革命を受け、アンゴラ・モザンビーク・カーボヴェルデ・サントメプリンシペなど長くポルトガル支配に服した地域が一斉に独立した。


そのまさに華々しい独立の裏で、オランダでも、植民地が独立した。

旧オランダ領ギアナ・現在のスリナムである。

オランダ領ギアナは、南米大陸にあり、キュラソーなどABC諸島・SSS諸島と地理的に近接している。19世紀の一時期は「オランダ領西インド」としてひとくくりに統治された歴史もある。


世界史の授業で、日露戦争の勝利がトルコなど有色人種国家を奮い立たせたと習うことがある。

これと同様に、スリナムの独立は、大いに他のオランダ領アンティル諸島を奮い立たせた。


アルバ島では1977年に早速住民投票がなされ、82%が自治・独立を支持した。

そして1986年にはアルバは単独でオランダ領アンティルを離脱した。アルバの将来的な独立指向は強く、早速アルバ独自の通貨を発行している。


しかし、キュラソーでは独立の機運は盛り上がらなかった。これはなぜか?


その一つの理由は、キュラソーはオランダ領アンティルの首都として特権的な地位を与えられており、その地位を手放したくなかったことに見出せる。

つまり、キュラソーはオランダ領アンティルという枠の中で、ミニ宗主国のように振る舞えていた。だから、もし独立するならば、ABC諸島・SSS諸島というオランダ量アンティルのひとくくりで独立し、首都としての地位を維持したい。

しかし、アルバのオランダ領アンティル離脱により、その「夢」は難しくなった。また、そもそもABC諸島とSSS諸島は言語的・文化的に異なっており、ひとくくりの独立は現実的ではない。


このような複雑な構造が、キュラソーの独立を阻んだといえる。

「夢」が叶わないならば、現状維持でも特に困らない、というのがキュラソー島民の現在の見解であろう。以下、引用する。

つまり、オランダ王国が、カリブ諸島に対する植民地主義的姿勢を改め、それぞれの島を尊重し、島の自治に過度な介入をしないのであれば、敢えて独立を叫ぶ必要もなく、ヨーロッパのパスポートという便利な道具が利用できるに越したことはない、という感覚なのである。


キュラソーの豆知識を付すと、ヤクルトで活躍したバレンティンの出身地である。オランダはヨーロッパにしては珍しく野球が盛んな国だが、これは野球大国アメリカに近いカリブ海に領土を持つことに由来する。


第二次世界大戦でオランダ本国がドイツに侵攻されると、オランダ・ギルダーとオランダ植民地ギルダーの関係が切れた。その代わりに、アメリカドルとのリンクが設けられた。

このような通貨の事情から、今でもキュラソーなどカリブ・オランダ地域はEUに含まれていない。

ちなみに、キュラソーの中央銀行は、1828年に設立された。アメリカ大陸で最も古い中央銀行である。

この銀貨からは、キュラソーの「ミニ宗主国」としての繁栄が伺える。


参考文献:兒島 峰(2021)「旧オランダ領アンティル諸島の選択から考えるナショナルアイデンティティ」Project Paper (52), pp7-44