2016年3月12日土曜日

夢の跡地

・入試勉強期間書く暇無かった記事シリーズ第3弾

宮崎リニア実験線

☆今回の概要
 九州の宮崎県、日向市から都農町にかけて、ある太陽光発電所がある。その発電所は世界でも稀な細長いメガソーラーであるが、もともとこの長さ7kmの発電所は、あるモノの実験用に造られた施設であった。宮崎の片田舎に、夢の跡がある。

 リニアモーターカーと言うと、未来の夢のエネルギーを用いた流線型の列車が思い浮かぶ。21世紀、都会で人はチューブの中を通って建物と建物とを移動し、その建物も全て超高層ビル。遠距離移動にはリニアモーターカーや音速旅客機。昔の少年誌に少なからずあったであろうこうした夢の未来予想を実現するため、1974年、田中角栄の列島改造論の下ある計画が開始された。






それはリニアモーターカーの開発である。未来のリニアを夢見て、宮崎リニア実験線は造られたのである。
リニアの開発は順調に進み、1979年には無人運転で517km/hを記録し、この記録は宮崎実験線での最高速度となった。










しかし、リニアの性能の向上と共にこの実験線の問題点が浮き彫りになってきた。まず、全長が7kmと短く、時速500kmを超えたリニアでは充分なデータを得る前に実験線が終ってしまう。勾配や曲線、トンネルも存在しないのでそれらのデータも取れない。徐々に宮崎実験線は無用の長物と化し、山梨実験線の建設決定と共に実験線としての役割を失った。1996年のことであった。






その後、2011年にこの実験線の跡地に、太陽光パネル12000枚以上を並べたメガソーラー施設『都農第2発電所』が設置された。山梨実験線で着実に開発が進む一方で、こちらは第2の人生で陰ながら活躍している。だが、この建物がかつて夢の未来を切り拓く為に、期待の中で造られたモノであることを忘れてはならない。夢の跡地、宮崎実験線。

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