北海道はなぜ「北海県」ではないのだろうか。それは、明治時代に「東海道」「南海道」のノリで「北海道」と命名され、そのノリが今日まで続いているからである。
では、「県」と「道」には、その名前以外に、法律上でなにか違いがあるのだろうか?
「都」は?「府」は?
以下、そういった違いをみていく。なお、「法律上の」と書いたのは、条例レベルでは各自治体が好きにやっているわけで、違いがあって当然だからである。
一般法の条文中の特則規定
(太字は引用者による)
労働基準法第142条
鹿児島県及び沖縄県における砂糖を製造する事業に関する第三十六条の規定の適用については、令和六年三月三十一日(同日及びその翌日を含む期間を定めている同条第一項の協定に関しては、当該協定に定める期間の初日から起算して一年を経過する日)までの間、同条第五項中「時間(第二項第四号に関して協定した時間を含め百時間未満の範囲内に限る。)」とあるのは「時間」と、「同号」とあるのは「第二項第四号」とし、同条第六項(第二号及び第三号に係る部分に限る。)の規定は適用しない。
季節労働たる製糖業においては、時間外労働についての制限が緩和されるという規定である。
さて、ここでこの記事の目的を説明しよう。この規定の何が面白いのかというと、同じ製糖業者でも、鹿児島県・沖縄県で業を営む者は特則の恩恵を受けられるのに、それ以外の45都道府県の業者は通常の規制に服する点である。言い換えれば、国が、対等なはずの都道府県を区別している点が面白いのである。
つまり、この点で、鹿児島県・沖縄県は我が大分県に一歩リードしている。
尤も、令和6年4月1日以降は特別扱いも終了している。大分県が追いついたことを喜ぼう。
道路法第88条
国は、道の区域内の道路については、政令で定めるところにより、道路に関する費用の全額を負担し、若しくはこの法律に規定する負担割合若しくは補助率以上の負担若しくは補助を行い、又はこの法律に規定する以外の負担若しくは補助を行うことができる。地勢、気象等の自然的条件がきわめて悪く、且つ、資源の開発が充分に行われていない地域内の道路で政令で指定するものについても、同様とする。
2 国土交通大臣は、前項の規定により国が道の区域内の道路について、新設又は改築に要する費用にあつてはその四分の三以上で、維持、修繕その他の管理に要する費用にあつてはその二分の一以上で政令で定める割合以上の負担を行なう場合において、国の利害に特に関係があるときは、政令で定めるところにより、道路管理者の権限の全部又は一部を行なうことができる。
3 前項の規定により国土交通大臣が道路管理者の権限の全部又は一部を行なう場合においては、道又は当該市町村道の存する市町村は、政令で定めるところにより、第四十九条の規定に基づく負担金を国庫に納付しなければならない。
河川法96条
道の区域内の河川については、この法律の規定にかかわらず、河川の管理に要する費用の負担、河川管理者の権限、流水占用料等の帰属その他の事項につき、政令で特別の定めをすることができる。
北海道は広大なので、諸々の一般法に特則がある。道路法に「道」(北海道のこと)という言葉が出てくるのはかなり面倒くさい。
ところで、この法律は条文上は北海道のことだけを言っているわけではない。あくまで、末尾が「道」である都道府県一般についてのルールを述べているわけである。
これが「「県」と「道」には、その名前以外に、法律上でなにか違いがあるのだろうか?」という冒頭の問いへの答えである。ある。
本項の規定と前項の鹿児島県・沖縄県の規定との違いは分かるだろうか?前項はあくまで鹿児島県・沖縄県という具体的な2県についての規定を述べたものであり、「県」と名の付く地方自治体についての規定ではない。
一方、本項の規定は「道」一般について述べたものである。ただ、道が北海道しかないので事実上北海道の具体的な規定となっているに過ぎない。
ゆえに、我が大分県は「大分道」に改名することで、道路整備の補助などを国から受けることができるようになるかもしれない。「大分道」は高速道路すぎるか。濃霧で通行止めになってそう。
道路法第5条
第三条第二号の一般国道(以下「国道」という。)とは、高速自動車国道と併せて全国的な幹線道路網を構成し、かつ、次の各号のいずれかに該当する道路で、政令でその路線を指定したものをいう。
一 国土を縦断し、横断し、又は循環して、都道府県庁所在地(北海道の支庁所在地を含む。)その他政治上、経済上又は文化上特に重要な都市(以下「重要都市」という。)を連絡する道路
この規定は「道」一般の話ではなく「北海道」という具体的な地方自治体の規定である。46都府県では「特に重要な都市」の間でなければ国道になり得ないのに、北海道では支庁所在地であれば国道にできるらしい。
筆者が北海道知事なら、一駅ごとに支庁に区切り、支庁を極度に細分化することで支庁所在地を大幅増加させ、すべての道路を国道に指定させることで道路管理負担から逃れるだろう。重要かどうかはどうにもできないが、支庁所在地は無限に増やすことができる。ライフハックである。
その他、警察法に「道」の特則があるが、面白く料理できないので取り上げない。
「都」は特別区に対する一定の調整権限を有し、この規定が「大阪都構想」の由来である。こうしてみれば、大阪都構想というものは筆者が先に述べた「大分道」構想と(形式上)は大差ない。
なお、「府」については法的になんら「県」と差異がない。名前が雅なだけである。
憲法95条との関係
さて、これまで法律レベルでの地方自治体の特則を概観してきた。ここで気になるのが、憲法95条の教えはどうなってんだ教えは!ということである。
憲法95条
一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。
一の(特定の、という意味)地方公共団体のみに適用される特別法は、住民投票を経なければならない。法律をかじった人間なら全員知っていることである。
労働基準法第142条の制定時に、鹿児島県民・沖縄県民による住民投票、絶対やってねえだろと思って調べたら案の定やっていなかった。
このあたり、何が「特別法」にあたるかの線引きは曖昧であり、運用上は、国会の最終可決院での可決後に同院議長から内閣総理大臣へ「特別法である」旨の通知がなされるかどうかで決まるらしい。
以下、「特別法である」とされ住民投票がなされた事例の一覧を、衆議院憲法調査会の資料より拝借する。
01.広島平和記念都市建設法(S24.8.6 公布 法律第 219 号)
02.長崎国際文化都市建設法(S24.8.9 公布 法律第 220 号)
03.首都建設法(S25.6.28 公布 法律第 219 号)*
04.旧軍港市転換法(S25.6.28 公布 法律第 220 号)**
05.別府国際観光温泉文化都市建設法(S25.7.18 公布 法律第 221 号)
06.伊東国際観光温泉文化都市建設法(S25.7.25 公布 法律第 222 号)
07.熱海国際観光温泉文化都市建設法(S25.8.1 公布 法律第 233 号)
08.横浜国際港都建設法(S25.10.21 公布 法律第 248 号)
09.神戸国際港都建設法(S25.10.21 公布 法律第 249 号)
10.奈良国際文化観光都市建設法(S25.10.21 公布 法律第 250 号)
11.京都国際文化観光都市建設法(S25.10.22 公布 法律第 251 号)
12.松江国際文化観光都市建設法(S26.3.1 公布 法律第 7 号)
13.芦屋国際文化住宅都市建設法(S26.3.3 公布 法律第 8 号)
14.松山国際観光温泉文化都市建設法(S26.4.1 公布 法律第 117 号)
15.軽井沢国際親善文化観光都市建設法(S26.8.15 公布 法律第 253 号)
* 本法は、首都圏整備法(S31.4.26 公布 法律第 83 号)の制定に伴い、廃止された。
** 旧軍港市とは、横須賀市、舞鶴市、呉市及び佐世保市の 4 都市を指す。
03のみ市町村単位ではなく東京「都」の特別法だが、既に廃止済みである。
並べてみると、案外あるものだと思う。いずれも終戦直後、占領下でドサクサに紛れて制定した法律であり、主権回復後には特別法の制定・住民投票は行われていない。
最後に、特別法っぽいけど住民投票を行わなかったゴリ押し例を見て本稿を終える。
北海道開発法
この「北海道」は地方公共団体としての北海道ではなく、北海道という地域名であると強弁して押し通した。
駐留軍用地特措法
事実上沖縄県内の在日米軍基地に関する規定のみが改正される改正案だったため、特別法ではないかという意見があったが、あくまで駐留軍用地一般の話であるとして無視された。
大規模な公有水面の埋立てに伴う村の設置に係る地方自治法等の特例に関する法律
秋田県大潟村の干拓事業を想定した法律だが、当時はまだ大潟村が発足していなかったため特別法にあたらないとされた。
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