2019年9月18日水曜日

Have a nice day

 観光都市の側面を持つイスタンブルを歩くと、例えばこんなことがある。
 朝方、まだ人通りも少なく施設も空いていないので、ブルーモスクのベンチで本を読んでいると、男が隣に座る。
「日本人?元気?」
マティオと名乗るその男は、僕をガイドしようと提案した。その刹那、僕は高校の恩師の忠告を思い出す。
「ブルーモスク周辺には日本人目当ての客引きが多いから気を付けろ。」
だが、異国で本を読むくらいには暇もしていたし、何より先ほどアフガニスタン人に間違われ日本人としての自信を失っていた僕に日本人?と声を掛けてくれたのが嬉しく、気を付けながらも着いていくことにした。
 広場を連れ回され、展望の良いテラスからモスクの写真を撮らせてくれ、喫茶店でチャイも奢られた。そして遂に謎の絨毯屋に連れ込まれた。
 万事休すかと思いきや、絨毯屋の兄ちゃんは日本語ペラペラで、特に購入の無理強いもしてこなかった。彼は大河ドラマ『おしん』に感動して日本に渡ったという。トルコでおしんが人気なのは承知していたが、しかし僕はおしんについて無知なので対応に困った。朝食にパンも分けてもらい、客引きのガイドも合わせて気分が良くなった僕は多少のお土産を買って店を出た。
 また別の日、公園で涼んでいると客引きが現れる。ひまわりの種のお菓子を分けてくれ、食べ方も教えてくれる。彼はデザイナーで、お土産を売っているらしいが流石にノーセンキューだ。そう伝えるとすぐに彼は引き下がり、
"Have a nice day!"
と言って去っていった。その清々しい去り際は、人がある街に親しみを感じるのには充分過ぎるほどだった。

2019年9月17日火曜日

迷子の夜明け/イスタンブル小噺

 イスタンブル新空港は成田空港のように都市から離れていて、僕が着いた朝4時頃でも高速バスが走っていた。1時間弱で市街に到着、イスタンブルの大地を踏みしめたはいいが、周囲には人影がない。東京だったら、いくらかの賑わいがあると思うが、人っ子一人いない。
 寂しい街を一人歩く。ホテルに行ってwi-fiを使おうと思うのだが、全然ホテルの場所が分からない。初めのうち、これも経験だ、自動的に街歩きができるぞガハハ、とアホを言って地図を見なかったのが祟り、もはや地図を見ても己の場所が分からない。標識はケマルパシャのおかげでローマ字表記ではあるのだが、如何せんトルコ語なので解せない。同じような道を徘徊し、モスクを見つけてはブルーモスクなどの観光地ではないのかと調べて現在地の特定を試みた。疲れた僕は、親切な通行人の”Can I help you?”を「ちょっと助けてくれない?」という真逆の意に解釈していまい”Soryy, I also have trouble.”と言って足早に去る、などをやらかしもした。
 もはや現在地の特定を諦め、昼にはバザールで賑わうだろう小径を一人で下った。そして、この状況を疲れつつ楽しむ僕を発見した。インターネットが使える日本では、もはや迷うことはない。迷ったのは何年振りだろうか。これこそ非日常、海外旅行の醍醐味ではないか。
 旅の幸先は最悪かと思われたが、むしろ最高じゃないか。東の空は紅く染まり、屋台ではパンが焼かれ始めた。