雪雲が覆うクリスマス・イブの空はなぜか、マゼンタの強い赤色に染まっています。僕はこの色を子供の頃『北極号』という絵本で見たことがあります。それは、クリスマス・イブの夜に、少年がSLに乗ってサンタの国に向かう、というお話でした。
前夜は遥々大分から新函館北斗までを新幹線で移動して、さらに特急北斗号で長万部まで移動し、長万部温泉と銘打つ旅館に泊まりました。小さな旅館ですから、早朝にチェックアウトの人は勝手に出ていってくれ、という感じです。24日の朝5時前、闇に包まれた長い廊下を背に、まだ誰も起きていない旅館を出ました。自動ドアを手動でこじ開けると、マイナス1度の空気が肌を鋭く刺しました。
セブン・イレブンで朝食を調達し、滑る路面を注意して歩いて長万部駅に行きました。3番ホームに降りると、人呼んでミスター北海道、我らがキハ40系単行列車がちょうど入線してきました。前日の新幹線の旅は便利・快適ですが、やはり僕の旅はディーゼル単行に乗らないと始まらないように思います。
さて、旅を始めるべく列車に乗り込み荷物をおいて一息ついていると、どうにも対面の4番線が慌ただしい。注視していると、なんとラッセル車が入線してきました。ラッセル車とは、線路の除雪用のかっこいい列車のことです。僕は慌てて、三脚にセットした一眼を担いで列車を出ました。停車時間はわずかでしたが、僕の旅の一枚目はしっかりと闇夜のラッセル車が飾るところとなりました。
今回の旅では、僕はフィルムを一本しか持ってきませんでした。フジのVelvia100、36枚だけの旅です。
うみねこの鳴く駅
キハ40は長万部を発ち、日本最強の秘境駅・小幌駅を通過、ラッセル車が除雪した鉄路を北上していきました。しかしどうも貨物列車が遅れているらしく、この旅最初の訪問駅である北舟岡駅に着いたのは4分遅れの6時46分でした。北舟岡は目の前が宅地で、あまり秘境らしい雰囲気ではありません。ではなぜ降りたかと申すと、その逆方向の景色、一面の海を見に来たのです。そう、ここは海が見える駅、うみねこの鳴く駅なのです。生憎の曇り空ですが、太陽が出ていたとしてもこの駅は西の海に面していて日の出は望めませんので、曇りでも良かったかなと思います。むしろ、どんよりとした曇り空が冬の海のもの寂しい雰囲気を醸し出しています。跨線橋に高い柵があって駅全体の俯瞰写真が撮れなかったのが残念でしたが……。
次の列車はなかなか来ませんでした。どうやら遅れが広がっているようで、ホームにも数人の乗客が待ち始めました。よそ者である僕はホームの端っこで列車を待ちました。その時、不意に列車の接近音がしました。普通列車が来るべき方向から列車が来ていない事を確認した僕はすぐに跨線橋を駆け上がり、反対方面、室蘭方面に一眼を構えました。遅れていた貨物列車が今まさに北舟岡駅を通過しようとしていました。海沿いを走る長大な貨物列車、その雄姿は壮観でした。
鳥が群れて飛ぶ東の空、その雲の隙間から日が差し込み、うみねこが鳴きます。そうして、ようやく10分遅れの列車が来ました。
列車の遅延と今後の乗継を考慮して訪れる予定だった黄金駅を通過し、東室蘭、苫小牧で乗り換え、千歳まで行きました。千歳駅前を少し散策していると、ゲオの前で呼び込みをしている仮装のサンタがいました。そうか、今日はクリスマス・イブ。来年のクリスマスまでには絶対に彼女を作ってやるぞと涙目で誓った昨年の僕の思いが偲ばれます。
千歳駅で石勝線に乗り換えです。またもやキハ40に揺られていると、Twitterにリプライが来ていました。なんと、僕のフォロワーが昨日長万部で同じ宿に泊まっていたようなのです。タオルを適当に置いてしまい「どっちのタオルが僕のですかね?」というしょうもないやり取りを脱衣所で行った彼こそがフォロワーだったのです。偶然の出会いに嬉しく感じました。タイムラインを眺めると、僕達以外の人が北海道に訪れている写真が沢山流れて来ます。皆、冬は北に行きたがるのだなと感じました。
石勝線は追分と新得を結ぶ幹線で、夕張への支線を持っています。かつては夕張と追分までの路線であり、夕張で産出される石炭を輸送していました。日本で最後まで蒸気機関車が走っていたのもこの路線だそうです。しかし夕張支線は利用客の減少で'19年3月に廃線だと報道されています。路線が廃線になる時は、鉄オタが湧きます。今日、'17年の年末でも、もう沢山の鉄オタが乗っていました。自分のその一人であることは自覚しているのですが、どうにも彼らの行動が見苦しい。ペチャクチャ喋り、たまに叫び、5分くらいの運転停車ですぐ外に出て駅名標の写真をわざわざ一眼で撮るように。自分を俯瞰して、そうならないように気をつけようと思うわけです。
そうは言いつつも、鉄オタらしく時刻表を眺めていると、ふと視線を感じました。前を見ると、幼い子供が座席の上から目だけを出してこちらを覗いています。僕が見返すと彼は頭を引っ込め、少し時間が経つとまた目だけを出すのでした。僕もその度ににらめっこのように見返していると、その子の母親が気付いて謝ってきました。周りの鉄オタのせいで荒んだ心が洗われるようでした。列車は丘陵地帯の広大な荒野を走ります。
北海道の中心に美瑛町という町があります。そこは様々な美しい景色で有名で、写真を撮る者としてはぜひ訪れたい場所でした。その中でも一番僕が撮りたいと思ったのは『マイルドセブンの丘』という場所です。かつてタバコのマイルドセブンのCMで使われたというその場所には、広大な平野の中に並木が佇む光景が広がっています。
当初は美瑛町も旅程に組み込んでいたのですが、冬場はレンタサイクルを使えないこともあり、今回は見送っていました。マイルドセブンの丘を撮れない事に少し寂しさを覚えていました。
しかし、石勝線の車窓には無数のマイルドセブンの丘がありました。起伏の激しい雪原に並木が立っています。なんだ、わざわざ美瑛町まで行くまでもないじゃないか。北海道、試される大地の真骨頂を見たように思います。
死んだ町
夕張支線に入り暫くすると終着・夕張駅に着き、同業者……鉄オタ達……がゾロゾロと降りていきました。皆駅に併設された観光案内所でグダグダやってましたが、僕はいち早く駅を出て駅前のセイコーマートに急ぎました。同業者達に昼飯を取られてはかなわないからです。ですが、その心配も杞憂に終わりました。ある者は折り返しの電車で、またある者は並行するバスで、夕張支線への分岐点である新夕張まで下るようでした。即ち、そのまま夕張に残る者はごく僅かでした。
観光案内所でセコマのカツ丼を食べていると、案内所のお婆さんに話しかけられました。「石炭の歴史村を見に行くと良い」とお婆さんは言いました。荷物を預かってもらい本町を通って2キロほど歩き、そこへ向かいました。僕は夕張市の市街地を通ったと思うのですが、そこはどこも廃墟だらけで、町が死んでいるようでした。
終点・夕張駅
夕張市は死んだ町です。石炭産業で興った夕張市はエネルギー革命の後も石炭の夢を引っ張り続け、国から引っ張った金でハコモノを作り続けました。2007年、遂に夕張市は353億円の巨額赤字を抱えて"破産"しました。おかげで夕張市は半ば廃墟と化しているのです。観光振興の一環として、昔の映画の看板を町の至る所に配置する夕張キネマロードという通りがありますが、その古い看板が演出なのか本気で放置されてるのか分からないくらいには、町が廃れてます。
九州人にしてみれば、雪道を歩くだけで一苦労
共産主義圏風の建物
さて、そんな夕張の歴史を伝える石炭の歴史村ですが、簡潔に申せば、入れませんでした。冬季休業中ではあると聞いていたのですが、周りの坑道には入れるとお婆さんは申しておりました。しかし入れませんでした。なんという無駄足!また2キロ歩いて観光案内所に戻りお婆さんを問いただそうとするも、既にお婆さんの姿はありませんでした。最早どうでもよくなり、荷物を受け取って案内所を出ました。
粉雪が舞う寂れた町を歩きます。車を除いて、人を見かける事はついぞありませんでした。灰色の街に『夕張メロン』の文字だけが明るく踊っています。死んだ夕張市ですが、夕張メロンのブランド力は世界に飛躍できる水準だそうです。
夕張駅の1つ南、鹿ノ谷駅に着いたのは日も暮れかかる16時頃でした。立派な駅舎に入って身体に付いた雪を落として中を物色すると、駅ノートがありました。なるほど、駅の周りには少しの集落があるのみ。確かにここも秘境駅と言えるかもしれません。駅ノートに一筆認めました。
16時20分頃夕張方面へ向かう列車をどこで撮ろうかと道中考えていましたが、折角の立派な駅舎があることなので、この駅を使って撮ることにしました。近くに跨線橋があり、そこから駅舎と線路が見渡せます。三脚を担いで雪の積もった階段を踏みしめ、良い位置を探しました。
空には雪とカラスが舞い、雲がだんだんと暗く黒くなっていきます。三脚の上の一眼を雪から守るべくビニール袋で悪戦苦闘しているうちに列車が入ってきました。デジカメも使ってバシャバシャ撮りました。ちょうど人が一人降りたようで、いい感じのアクセントになりました。
満足して駅舎に戻り、折り返しの列車に乗って夕張を去りました。また来ることはあるのでしょうか。いずれにせよ、列車で来ることは叶わないでしょう。さっき撮った写真が、僕の夕張線となりそうです。
新夕張で下車し、新得方面の特急列車に乗り換えます。新夕張-新得間は長大な距離に僅かな駅しかなく、普通列車が運行されていません。よって、普通列車専用のフリーきっぷでも特例で乗ることができるのです。
雪はしんしんと降ると言いますが、この『しんしん』は擬音語で、『無音』を表現しています。しーんとする、の『しん』。あぁ日本語は美しや、新夕張の夜空に雪がしんしんと降っていました。今日はクリスマス・イブだから、サンタが飛んでいるやもしれません。あぁ、クリスマス・イブに僕は独り北の大地で何をしているのだろうかと、まさに深深と後悔するのであります。そうくだらないことを考えていると後ろから声が掛かりました。「もしかしてつむさんですか?」
運命の人がようやく現れた!などと思う間もなくそれは男性で、朝Twitterでリプライを送ってきたO氏でした。まさか出会えるとは思いませんでしたが、思えば特例で乗れる特急は一日に数が限られており、東に向かう者が同じ特急に乗り合わせるのはそう不思議な事ではありません。一人旅同士で話も弾み、それから帯広まで一緒に行動しました。とりあえず『クリぼっち』は回避できたかと思います。
帯広で彼も夕飯を食べると言うので、旅であまり食に拘らない僕ですが付いて行くことにしました。本当は名物の豚丼を食べたかったのですがその店が閉まっており、途方に暮れておりました。すると近くからクリスマスらしくサンタクロースとトナカイの仮装をした陽気な居酒屋の客引きが2人現れました。これは面倒くさいぞ、と思いきやすぐに彼らは引き下がり、逆にオススメのラーメン屋を教えてくれました。親切な人達で良かったです。
帯広ラーメンはO氏に奢って頂きました。付いていって奢らせてしまって申し訳なかったです。そうして別れ、僕は帯広のホテルに入りました。部屋に入ると、窓にはクリスマス・イブ色の空が……。
第三夜に続く